視界の隅を廃棄されたビルが流れていく。崩れ朽ちたその欠片は、普段であれば目にする者に人類の愚かさ、無力さを想起させる。しかしながら、第三世代吸血騎『芒月』 のコフィンに座る女は、全く別の事を考えていた。
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コフィン:棺桶という意味だが、コックピットだと思ってもらって構わない。別に吸血騎が動く棺桶という意味ではない。むしろこの部分の強度は相当に高く、緊急時にはそのまま脱出装置としても使用できる。
(この速さ、運動性能、火力、どれを取っても今までとは桁違い。全く凄い物を作ってきたものね。マナが自慢するだけあるわ)
集中は正面モニターに割きつつも、 思考はこの最新型の性能に寄ってしまう。『吸血騎遣い』にとって高性能な機体への憧れは半ば本能のようなものだ。この性能を持つ『吸血騎』が量産され、十分な練度を持ったパイロットの養成が成った暁には、地上に蔓延り人類を脅かす『結晶獣』を一匹残さず根絶やしにすることも可能だろう。そう確信できるほどの性能を芒月は持っていた。
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結晶獣:人類を脅かす存在。人間の血液を原料に作られている事、完全に自立した兵器だという事以外に判っていることはほとんど存在しない。
「それにしても凄い性能ですね、加速も運動性も第二世代とは全くの別次元だ。後はこいつを操るパイロット次第、ですけど。実際のところこんな無茶苦茶な機動、そんなに長く続けられるものじゃないでしょ」
「どうしたのシルバーグラス2、泣き言?あんたもテストパイロットならこの程度は付いてきなさいよ。今回は接続負荷もかかってないんだから、文句言わないの」
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サブモニターに不満げな顔を浮かべる僚機、シルバーグラス2の抗議を黙らせ、芒月を加速させる。今までの第二世代機であれば眼前に流れていく廃ビルを障害物として使い、射線を切りながら目的地点に向かうのがセオリーだ。機動力は全てを有利に運ぶ。このように、敵を強引に振り切りながら僚機と冗談を飛ばし合う程度には、だ。最も、シルバーグラス2の泣き言は別に冗談というわけでもなさそうだったが。
コックピットに差し込んだPDFを操作し、目的地点までの距離を確認する。巡行形態に変形したうえで長距離航行用装備へ換装したこの新型の機動力から逆算すれば、あと60秒程度でたどり着ける筈だった。
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巡行形態:先述のように第三世代は可変機構を搭載しているが、可変状態で長距離航行用装備を装着することにより揚力を得て航行距離を延長することができる。可変機構はメンテナンス性やコスト面など様々なデメリットを抱えるが、戦況に応じて最適な形態を取ることが可能であることなどから採用した。
「それにしてもこの機体、高性能なのはわかりましたけど本当に実戦に投入できるんですかね?今回はともかくとして、パイロットの制御負荷や加速負荷もあるし、ジェネレーターの冷却率とか機体フレームそのものの強度とか保たないんじゃないですか?第一これで本当に空が飛べるとはとても思えないんですけれども」
「技術系じゃないアタシにそんなこと聞かれても答えられるわけないでしょ、というかそういうのはそっちの専門じゃないの。シミュレーターのほうでも警告出てないんだし、後はもう試してみるしかないじゃない。どんなに無茶苦茶に思える装備でも使いこなし、データを持って帰る。それが私たちのお仕事、わかった?」
「了解了解、今やることは機体の性能談義でも愚痴のこぼし合いでもないって事ですね。集中します。――予定地点まで残り20秒!」
「シルバーグラスリーダー了解、あとは作戦通り、キッチリ決めてくよ。カウント3、2、1、GO!」
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2機が同時に長距離航行装備を排除し、芒月を通常形態に戻す。減速衝撃に身構えたシルバーグラス2がモニターの隅に映し出される。今回の状況でこんなことする道理は全くないというのに。後でからかってやろうと思いつつも、芒月を着地態勢に油断なく制御する。機体をスライディングさせつつ、仕掛けを打っていたポイント、あらかじめ運び込んであった兵装コンテナから右手でライフル、左手で90番口径を引き抜き、同時に跳躍動作に移る。
弾!弾!弾!
その刹那、数瞬前まで自機がいた地面を弾丸型結晶獣が貫く。素早い跳躍回避がなければ、穴が開いていたのは自機のコフィンのほうだっただろう。しかし、弾丸型の最大の弱点を突く絶好の機会でもある。素早く左手のキーボードを叩き弾種を選択。
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散弾、装填、照準、集中ーー射撃!
跳躍前転からこの動作を淀みなくこなしーー自然と笑みが零れてくるのを感じる。打撃力、運動性、照準精度、どれを取っても期待以上だ。不安定な姿勢からの射撃でも全くブレが無い。牽制で放った弾丸だけで、この機体のポテンシャルを確かに感じ取る。
前転回避から着地し、素早く機体を振り向かせる。索敵、敵結晶獣頭脳型、3、正面から倒すのは困難だ。右手のライフルを乱射して制圧射撃、機体を廃ビルの陰に滑り込ませる。
「シルバーグラス2、支援位置に到着。機動を支援します」
放電硬化ワイヤーでスイングバイ機動をかけ、大きく跳躍。ビルの屋上に着地した僚機が弾幕を張る。屋上に設置しておいたコンテナの中身、20番口径支援砲の組み立てが済んだようだった。継続火力こそ優れるが、機動力を損なうために持ち運んでの運用は限られる。芒月の機動性を保つためにはこの戦術が良いだろうと考えていたが、事はうまく運んだようだ。
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「シルバーグラスリーダー機動完了、一旦下がれ!」
右半身だけを乗り出して弾倉の残りをバラ撒きつつ、左手の90番を腰の武装担架に戻して弾種を徹甲弾に変更。
GACHN!
右手のライフルの弾倉が空になったのを確認し、位置情報ビーコンを起動させて投棄する。PDFでシルバーグラス2の位置を確認、射撃位置変更が済んだのを見てから突撃を掛ける。まずは最も近い頭脳型から――
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DANG!DANG!
2発を中心に叩き込む。直撃弾を受けた頭脳型が砕け散り、深紅の体液をバラ撒く!
素早く腰からディフェンスブレードを引き抜き、二体目の頭脳型へと距離を詰める。頭上から振り降ろされる刀刃型をブレードで弾く――
GYAAAA!!!DANG!DANG!
2体目の頭脳型も沈黙、刀刃型も同時に砕け散り液化!3体目の頭脳型の位置を確認、距離が若干離れて、紅く光を放っているのが見える。光撃まで残り2秒といった所か。シルバーグラス2の支援は……間に合わない。状況を判断して身を隠す。
閃!
DANGDANGDANGDANG!
光撃が空気を灼くのとほぼ同時に、シルバーグラス2の弾丸が放たれる。弾丸は貫通こそしていないものの、姿勢を崩す程度は出来たようだ。
「援護射撃、2秒遅いよ!状況しっかりよく見る!」
「すみません!抑えながら第2地点まで後退でいいですか!?」
「オーケー、その判断は正解!」
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部下を叱責と同時に褒めてやりつつ、地形情報を確認する。この不意打ちで2体を食えた。数の優位を保っている今こそ、慎重に、基本に忠実に後退する。焦らず、音を立てず、気配を殺して。
ここはさすがにシルバーグラス2も心得ているようだ。通信を送るまでもなく、廃ビルを有効に使い射線を切って移動する。さて、この後はどう仕留めに行くか……
次回、チャプター0-2 シミュレーション
ご期待ください。
MaEm
コメント
取り急ぎ誤字脱字を。
『目的地店』→『目的地点』
チャプター0 2話まで読了しましたが、情報公開ロックが解除されません(´;ω;`)
誤字報告ありがとうございます、情報公開ですが、「トップページ」→「PDF」→「任意のカテゴリ」の中に入ってください。「チャプター●読了で~」クリックすると開くようになっています。