チャプター1-1 ガール・ミーツ・マシーン

チャプター1
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//前回 チャプター0-2 シミュレーション

少しの寒さを感じて目を覚ました。ピックアップトラックの助手席を風が流れていく。普段の運転ならリアキャリアーに野菜や米を満載していくので程よい硬さのスプリングになっているのだが、今は空荷でお世辞にも快適とは言えない。しかし、運転者の高い技量にカバーされ、高速度の運転でありながら不快感は最小限に抑えられていた。いつも同じ道を走っているはずなのに、私とどう違うのか、自分でハンドルを初めて握ってから結構な時間が経っているはずだが、全く分からない。
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こういう輸送用車両のサスペンションはある程度荷重がかかることを前提に設計されているため、軽いとかえって乗り心地が悪くなる。とは言っても積載量が多くなると今度は加速も減速も遅くなるので運転者にはまた別の技術が必要になってくる。ブレーキも最大積載でも停められるように設計されているので、空荷なら制動がよく効き、走っていて結構楽しい

目を開けた頭上には、電線や発電所からの復水パイプが幾重にも重なり、後方へ尾を引いて流れていく。この速さで景色が流れていくという事は相当速度を出しているようだ。シート横のレバーを引いて、背もたれを起こす。上半身に掛けられていた新品のフライトジャケットが滑り落ちる。3日前に人の好さそうな軍の配送担当者が届けてくれたものだ。どうやら寝ている間に先生が掛けていてくれたらしい。普段から着るには少し暑いが、トラックの助手席のような風が直に体に当たるような状況ではありがたい。
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ピックアップトラックというのは画像検索してもらえば何となくイメージが付くと思うが、この世界の車は材料節約のために屋根が無くフレームだけという設定。頭上のパイプは第玖地砦全体を張り巡らされ、電力などのインフラを供給している。

「……すみません先生、寝てしまってたみたいです」
「おやシラハ、起きましたか。別に気にしませんよ。昨日小さい子たちが中々眠らせてくれなかったんでしょう?それに、助手席の同乗者が心地よく眠れるという事は、私の運転技術もまだまだ錆付いてはいないという事ですからね」
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同乗者が安眠できる運転をしろ、というのはMaEmが父親にしょっちゅう言われている事。ちなみにMaEm母はいつでもどこでも眠れるのが特技という人なのでこれを安全運転のバロメーターにはできない。安眠できる運転についてはその内雑記ブログのほうでやりたいけどブレーキングがコツ、とだけとりあえず言っておきます

なるほど、そういう考え方もアリか。確かに信頼できない運転手の助手席でなら、怖くてとても眠るどころではない。施設の年下の子たちの運転、急ハンドルの子やブレーキングが乱暴な子、必要な時におっかなびっくりで加速しない子などを思い出して納得しつつ、ポケットから紐を取り出して髪を束ねようとして、やめる。フライトジャケットと一緒に支給されたリュックサックの小物入れの部分を開け、紅く光る石を取り出した。大きさは小指の先ぐらい、農作業中に綺麗な石を見つけたからお姉ちゃんにあげると、出るときに貰ったものだ。不格好にではあるが加工して紐を通せるようになっている。髪紐に石を結び付け、肩まで伸びた髪を少し高い位置で縛った。軽くシートから身を乗り出してサイドミラーで位置を確認する。うん、悪くない。少し茶色の混じった髪が、パタパタと風になびいていった。

「寝るのにうるさいかと思ってましたが、起きたならもう少し音量を上げても良いですね?」

ええどうぞ、と首を縦に振って肯定すると、先生がトラックのダッシュボードに固定していたPDFを操作してカースピーカーの音量を上げる。先生の昔からのお気に入りの曲だ。なんでも、かつての西の大国の流行曲らしい。天上の神に向けて不平不満をぶつけるような内容を謳っている歌詞らしいが、私には西の大国の言葉はわからなかった。というより、気に入っているという先生本人もこの言葉はわからないらしい。PDFのデータベースに私たちの言葉に訳したものが書かれていたのを読んだだけだ。意味も解っていない歌に合わせて、軽快なリズムで先生の坊主頭が揺れる。
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Shout To The Top、MaEmは小説書くのは好きだけどお金も好きなので広告貼らせてください。嫌な話だけど好きなことだけでは飯が食えない。この曲は運転中聴くと自分が主人公になった感じがしてとてもオススメ。窓を全開にして風を感じながら、事故らない程度に速度を上げて聴こう。

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「それにしてもいいんですか?この曲って神様に文句を言うような内容なんですよね。先生一応聖職者ってことになってますよね」
「この曲の神と、西の大国で信仰されていた神は別の神ですよ。大体、私が神様なんてもの信じていないのは知っているでしょう。今まで生きてきて会ったこともありませんしね。大体ですよ?神様なんてものがいるなら、この世界はもう少しマシになってると思いませんか?少なくともシラハ、貴方みたいな年齢の子供を戦場に出さなくてもいい程度にはね」
「まあ大丈夫ですよ、子供とは言ってもこの年ならみんな軍に入りますし、適性検査の時も戦闘職は希望出してませんから。性格的にも向いているとは思えませんしね。3年間ぐらい後方の輸送部隊かどこかに上手いこと務めあげたら、そのまま軍に残るか民間に就職、どちらも良さそうなところが無ければ、戻って野菜作りでも手伝いますよ」
「そのどこかに適当に就職、というのは態度としてどうかとは思いますがね。でもシラハ、貴方は結構賢いですし、新兵検査の結果も多分悪くなかったはずです。きっと希望通りの部署に行けると思いますよ」
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新兵検査:第玖地砦の子供が一定以上の年齢になると全員受けさせられる知能・体力・健康検査。ほとんど丸二日かけて行われる。これにより導き出された適性により、軍の配属割り振りが行われる。

いつのまにか頭上を流れるインフララインが途切れ、上層の天井が見える。どうやら幹線道路を降りたトラックは、地砦を上下するエレベーターホールにたどり着いたようだった。ここからはエレベーターに車を乗せて、第四層の軍事ブロックまで降りていく。
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現代日本の高速道路に比べればかなり洗練された配置になっていると思う。MaEmは車がないと生活できないレベルの田舎出身なので、そこそこ運転慣れしている自負はあるけど田舎者なので首都高は未だに苦手です。なんで右から入って右から降りるんだよ。これは既に完成している都市の中に、1964年の東京オリンピックに合わせて無理矢理通したからという話を聞いたけど、第玖地砦の場合は最初から幹線道路を通すことを前提に設計されています。これは当時の高速道路建設計画が行き当たりばったり出会ったという事ではなく(たぶん)、都市開発に最初から高速道路建設が企画されていたかどうかの違い。中央のエレベーターシャフトから放射線状に道路が伸びている設計で、上下の階層への移動にはこのシャフトの中を通っていく設定とした。上下に動いて車ごと乗り入れできる電車とでもいえばわかりやすいか

「そういえば私、第四層まで降りるのは初めてです」
「ああ、そうですか。確かに今まで配達をお願いしていたのは第三層の商業ブロックだけでしたね。言われてみると私も四層は久しぶりです。」

2人でトラックをエレベーターの床に固定する。ベルトを車体のフックに掛けてロック、配達でエレベーターは何度も使っているので目をつぶっていても出来そうな作業だ。素早く済ませてまた助手席に乗り込み待機。定時運行まではあと5分程度あるはずだった。暇つぶしにはなるだろうと、軍から支給された新品のPDFを取り出し、新兵向けマニュアルを呼び出す。もう暗記してしまうほどに読みこんではいたが、かと言って他にすることもない。
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ラッシングベルトみたいなもので床に固定している。皆さんも買って車のトランクにでも積んでおくと何かと役に立つのでどうぞ。サイドブレーキ引いてインギアならそうそう落ちたりしないとは思うが、深いシャフトを上下移動中に万が一にでも落ちたりしたら絶対に助からない。エレベーターは20分に一本ぐらい動いていると思ってほしい。

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元々そんなに量のある文章ではない上に暗記までしてしまったような内容では読むのにさほど時間はかからない。2週目に入ろうかという時に、お尻に振動を感じる。どうやらエレベーターが降下し始めたようだった。橙色の保安灯が回転し、警告音がシャフトの中を反響していく。

ーー私の名前はシラハ。性別女。人生の目標、特になし。好きな言葉、平穏無事。そして今日から、軍に入隊する。

次回、チャプター1-2 ニュービー
ご期待ください

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MaEm

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