チャプター1-2 ニュービー

チャプター1
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//前回 チャプター1-1 ガール・ミーツ・マシーン

QUEEEE……
QUICK
GYAN!

軽い浮遊感が収まり、エレベーターのハッチがゆっくりと開かれていく。他に乗り合わせた客たちは各々固定ベルトを解き、それぞれの車のエンジンのバッテリーを起動させる。あちらこちらから、モーターの回転音と軸の灼ける香りが伝わってきた。けたましい警告音とハッチの軋む音が鳴りやみ、高層ビルがいくつも立ち並ぶ第四層が視界正面一杯に広がる。
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この世界に登場する車は全て完全なEV、電気自動車です。内燃機関を作る技術・保守点検する技術はあるけど肝心の石油燃料がいくら掘っても出てこないし、石油が出たとしてもわざわざ精製しなくても電動で全部事足りているという設定。発電はほとんど全て地熱、一部太陽光です。

「では、行きましょうかシラハ。安全運転はしますが、一応シートベルトは着けておくように」
「はい、先生の運転なら問題ないだろうとは思いますけれど。貰い事故まで確実は防げませんからね」

GYUM!
PACH!
QUI!
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それぞれ上からクラッチペダル踏み込んだ音、スターター始動させた音、インギアした音だと思ってくださいな。この擬音の描写と枠外に色々書き込んでいるのは西風先生の傑作エンスー漫画『GT ROMAN」と、言わずと知れた日本サイバーパンクの金字塔、士郎正宗先生の『攻殻機動隊』へのリスペクトです。
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ステアリングは両手でしっかりと、10時10分で保持。視線は正面できるだけ遠方を見据えつつ、油断なく左右後方をミラーで同時に確認。シートには深く腰掛け、無理のない態勢にキープ。すべてに無駄のない完璧なシートポジションだ。必要なときにのみ2速、3速、4速と左手がシフトに伸びる。 全てにおいて合理的、無駄がない。
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この描写は迷ったけど是非入れたかった。解説はここじゃなくて別個に記事作るのでそっち読んでください。ここだけじゃ書ききれない

四層の空は上層よりも広い。勿論空と言ってもこの地下世界には天井が存在しており、空というのは便宜上そう呼ばれているというだけのものだ。学校の授業では、地砦の外には天上のない『空』というものが広がっているという知識を聞いたことがある。隣でトラックを操る先生は、軍での現役時代には地砦の外に出て『本物の空』というものを見たことがあるらしいが、私にはいまいちピンとこなかった。

四層の空が広いのは、高層ビルが複数立ち並んでいるのもあるが、軍の演習場が層の大部分を占めているためだ。戦闘部隊に配属されたものは、この空間を用いて日々訓練に明け暮れるという。そんな事を思い出しながら風景を眺めていると、目の前のビルの一棟が突如、縦半分に割れた。片割れが、横に平行移動して離れていく。

「驚きましたか?あれは電磁砲塔レイルキャノンといいます、あの様子だとおそらくメンテナンス中ですね。授業でジョン・フレミングという人のこと、習いましたか?」
「フレミングの法則ですよね、発電機の原理。西の大国の科学者だと習いました」
「厳密に言うとそれはフレミングの右手の法則というんですけれどね。では左手の法則は……その様子だとどうやら習っていないようですね。右手の法則は磁界の中で導体に力を加えると電流が発生する、じゃあここで問題です。逆に磁界の中で導体に電流を流すとどうなると思います?」
「右手の法則では力を加えると電流が流れる、とすると逆に左手の法則では電流を流すと力が発生する……ってところでしょうか?」
「正解、素晴らしい洞察です。あの縦に割れたビルのそれぞれに大電流を流して、巨大な砲弾を撃ちだす、という兵器です。砲兵部に配属になれば、もう少し詳しい原理も教わるはずですよ」
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皆さんもフレミングの右手・左手の法則は習ったと思いますが、この世界では発電機に使われる右手の法則は義務教育で教えて、軍用に使われる左手の法則は必要に応じて教えています。ちなみに、この電流と磁界で発生する力はローレンツ力といい、その名の通りローレンツさんが発見しました。フレミングはこの発生する力と電流・磁界の向きを覚えやすい形にしただけです。大学の授業中に何度説明しても覚えないバカ学生のために考えたとか。フレミングさんの業績としては真空管の発明などがありますが、真空管は既に一部オーディオ用途などを除いて一線からは姿を消してしまい、バカ学生のために考えた法則だけ後世に残っちゃったとか。フレミングさんも草葉の陰で泣いてるに違いない

トラックは整備中の電磁砲塔レイルキャノンを横目にひた走る。PDFを広げて地図を表示すると、もう間もなく目的地に到着する予定であった。目の前のひときわ大きく、目を引くビルがそうだろう。PDFをポケットに仕舞い、足元に置いたリュックを開く。紺色の制服の上下が今着ている分を含めて3セット、私服が2セット、歯ブラシやコップなどの日用品、お財布、送られてきた寮の鍵など。忘れ物は無さそうだ。必要に応じて現地で買い足すこともできるという話ではあるが、できれば余計な出費は抑えたい。トラックがゆっくりと速度を落としていく。

GYU GYUUU
SUI……
GYA!
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ゆっくり数回に分けてブレーキを踏み、スッと停車、サイドブレーキを引いた音。個人的にブレーキングというのは運転で最も難しく、技量の出る所だと思います。ATの方が運転は簡単だと思っている人が多いと思いますが、ことブレーキに関してだけはMTのほうが圧倒的に有利。逆にそれ以外の部分では、少なくとも公道を走る場合にはMTが勝てるメリットは正直ないと思います。

「さて、到着です。しばらくのお別れですね、身体にだけはくれぐれも気を付けて、3年間頑張ってください」
「はい、ありがとうございます。先生もお元気で!休暇が貰えたら、お土産買って帰りますから残った子たちにもよろしくお願いします!」
「ええ、伝えておきますよ。そうだ、お土産は売店で売ってるアルコール2番をお願いしますね。私、軍は好きになれませんでしたが、軍の仲間とアレだけは好きだったんですよ――」

トラックを降りてビルの正面玄関をくぐる、ビルの中は私と同じく紺の制服を着た兵士たちが慌ただしく動き回っている。ちょうど正面の受付カウンターに「新兵受付はこちら」と書かれた看板が掛けられ、小太りの人の好さそうな兵士が案内をしていた。

「すみません、新兵受付はこちらでしょうか?」
「やあ、君もだね。ようこそ軍へ、そこの階段で2階に上がって少し行ったところにホールがあるから、そこで待機していてくれるかな。これと同じような看板が立ててあるから行けばすぐわかるはずだよ」

小太りの兵士にお礼を言って、階段を上る。行けばわかるという言葉通り、案内看板に従ってまっすぐにたどり着くことができた。PDFをポケットから取り出し、個人識別画面を受付の兵士に見せる。
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PDFは身分証やドッグタグの代わりにもなる。紛失には気を付けよう

「はい、確認しました。217-FMsD-302、シラハさんですね。ではホールの中に椅子が並んでいますから、自分の番号の書かれている席に座って待機してください。あなたの場合はこの最後の部分、302番の席ですね」
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入隊年度‐所属部隊‐隊員番号。217年度の所属がFMsD、番号は302番という意味です

ホールで新兵を誘導していた兵士がPDFの番号の部分、後ろ3ケタを指さしながら教えてくれた。ホールの中には椅子が5脚1組となって並べられている。その組の数を数えると横に6組、縦に10列ある。更に、余りであろう椅子が2脚だけ、列の後ろに置かれていた。単純に考えれば今年は302名が新たに軍に入るという事になるのだろう。302脚の椅子があって302番、という事は私の席はその余りの部分という事になるようだ。席の埋まりは8割がた、といった所だろう。その両サイドにはそれぞれ新兵より少ない数の椅子が並べられ、全席が埋まっていた。所作や雰囲気の落ち着きから、こちらはどうやら上官たちの席という事になるのだろう。

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「よっ、キミここの席?まあ座りなよ」

余りのもう1脚、301番の席には既に男の子が座っていた。制服はジッパーの上が少し空き、髪は四方八方にハネている。その上妙に馴れ馴れしい。
正直言って、あまりお近づきにはなりたくないタイプであった。そういう素振りはなるべく出さないようにしつつ、努めて笑顔を作って隣に腰掛ける。

「自己紹介まだだったな、俺、レウンって言うんだ。よろしく!君は?」
「シラハです、よろしくお願いします」

なるべくにこやかに、愛想を作っておきつつ最低限の自己紹介をしておく。今までの経験上、こういうタイプは近づいていると絶対トラブルに巻き込まれると相場が決まっているものだ。が、レウンはそんな私の考えを知ってか知らずか、勝手によく喋った。
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キャラに対して作者がこんなこと言うのも大変にアレなんだが、今までのMaEmの人生経験上初対面から他人との距離感が異常に近い奴にロクなのはいない

「ところでさ、この席5人で1組になってるだろ?俺の姉貴は軍で3年勤め上げて、その後もそのまま働いてるんだけどね。その姉貴に聞いたところによると、この5人で揃って部隊に配属されるって話なんだよ。横の5人で揃って3年間働く、ってわけ」
「そうなんですか、でもそれって少しヘンな話じゃないですか?」
「ああ、俺も気になっててさ。その理屈で言ったら、俺たちだけ余りって事になるよな。一体どんなところに配属になるんだか」

彼はお姉さんから軍内部の事情については色々聞いている様子で、他にも色々なことを聞いてもいないのによく喋った。お姉さんがどんな人かはわからないが、別に弟にこんなことで嘘をつく道理も理由もないだろう。つまり、私はどうやらこのレウンと共に3年間の軍人生活をする事になるようだ。正直言って、現時点での印象は40点といった所である。聞いて無い話をひたすらに続けられるのは辟易だが、彼なりに仲良くやっていこうという意思の表れだろうか

「さて皆さん、静粛に。これから217年、新兵入隊式が始まります。今後3年間の皆さんの生活にかかわる大事な話ですから、どうぞ静かに、真剣に聞くように」

受付で番号を確認していた兵士がマイクで全体に声をかける。ちょうどいいタイミングだ。レウンとの話を切り上げ、正面のステージに身体を向ける。一番後ろからではステージは少し遠いが、むしろステージ側に集中しているように見えて好都合だろう。

あれだけ喋りまくっていたレウンも、さすがに式典中は静かに話を聞いていた。少しイメージが変わったと思い、チラリと横を向いて、手の平を返す。前言撤回、PDFにイヤホンを刺して音楽を聴いていた。全くもって、式典の内容なんて聞いてはいない。というか、改めてよく聞くと凄まじく音漏れしていた。静かなホールの中にシャカシャカと音が響く。現時点での印象、10点減点。

「――以上を持ちまして、217年度入隊式を終了します。それでは皆さんの担当上官がご案内しますので、担当が来るまでそこに待機していてください」
「やーっと終わったか、俺この手の式典ってどうにも途中で眠くなるタイプでさ。あ、聴く?」

イヤホンを片方外して勧めてくるレウンに軽く首を横に振り、椅子に座りなおす。全く先が思いやられる。平穏無事がモットーの私の人生だが、どうにもこの3年間はそういうわけにもいかないかもしれない。ガヤガヤとそれぞれの席に上官たちが向かい、5人ずつのチームで少しずつホールから人が出ていき、椅子が片付けられていく。

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「――なあ、俺たちの担当上官、遅くないか?」

式典終了から既に5分が経過し、10分が経過し、20分が経過し、そしてホールに新兵は私たち2人と椅子2脚以外誰もいなくなってしまっていた。慌ただしく席の片づけや清掃が行われる中、これは辛い。

「ひょっとして新兵検査の結果、どこにも適性が無いからお前らはクビ!って事か?」

レウンが冗談めかして笑うが、さすがにここまで何もないと付き合って笑う気にもなれなかった。

KAN KAN KAN!

靴音を響かせて女性が入ってくる。スラリと伸びた手足、美しくたなびく金色の髪、同性から見ても溜息が出るほどのプロポーション

ーーそしてそれ全てを台無しにする着崩した制服と切れた息。どうやら相当に急いで来たらしかった。

「いやーゴメンゴメン、お待たせ。アンタ達2人がうちの新しい隊員ね。アタシはイスカ、階級は少佐、アンタ達の担当上官ですヨロシク。たっぷりコキ使ってあげるから、覚悟しなさい」

不敵な笑みで、少佐は私たちにそう宣言した。

次回、チャプター1-3 レッツ・ミー・イート・ユー
ご期待ください

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MaEm

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