//前回 チャプター2-2 エア・カラテ
芒月を降りてシャワーと着替えを済ませ、管制塔内のミーティングルームに集合する。ミーティングルームに並べられた椅子には、背もたれ側から伸びたアームで吊るされたモニターとスティックが二本、ペダルが3つ。それにPDFを差し込むスロットが付いていた。
「まあ見ての通り、簡易的だけど吸血騎のコフィンを再現してるんだけどね。戦術検討や機体挙動の解析、実機を再現したシミュレーションプログラムなんかもできるってわけ。あ、ちなみにその椅子一台だけで二訓の年収分くらいはあるから扱いには気を付けるように」
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同じく制服に着替えた少佐が、憮然とした顔のレウンを引き連れて戻ってきた。頬には大き目の絆創膏が1枚。先程の転倒事故により、したたかに打ち付けた怪我だ。なお幸運なことに、それ以外の部分は無傷だったらしい。
「新型の強度は見た目よりもずっと高く、中の吸血騎遣いをしっかりと守ったと報告書に書けるわけだ。色々とデータ取れるから、まあこちらとしては修復不能レベルにぶっ壊したりしなければ万々歳なんだけどねー。それじゃ、座学の時間を始めますか」
そういうと少佐は一番前の席のスイッチを一度押し、モニターを上に動かして座った。もう一度ボタンを押すと、モニターが元に戻る。私たちもそれに倣い、シートに腰掛けた。
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「さて、突然だけど二人は勉強って得意か苦手かで言うとどっち?」
「嫌いです!」
レウンが即答。うん、まあ確かに椅子に座って大人しく授業を聞いているタイプには見えなかった。
「好き嫌いじゃなくて得意か苦手かを聞いてるんだけどなぁ、まあいいか。シラハはどうなの?」
「私ですか?私は学生時代はまあクラスの中ではそれなりには勉強できた方だと思いますよ。好きか嫌いかで言ったら、好きなほうになりますね」
「了解了解、まあ別に何かテストやろうってわけじゃ無いから嫌いでも苦手でも良いんだけどさ。ただ、吸血騎ってのは高価な機械だからね。適当にいじくって壊されたりしたら困るわけ。とすると、士官教育って言って得意不得意にかかわらず最低限のお勉強はしてもらわなきゃいけないのよ。まぁ、そうは言ってもここで教えている私自身がそんなに勉強好きじゃなかったからさ。そんなに不安がることはないんでね。必要最低限の所から、って事で」
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そう言うと少佐が自分のPDFを操作し、私たちの席のモニターに画像を転送してきた。さっきまで私たちが乗っていた芒月、その設計図かなにかのようだ。
「それじゃ、まず最初に教えるのはね。アンタ達二人にこれからどんな仕事をしてもらうか?って事からか。とは言っても、要するに吸血騎に乗って戦ってもらうってだけの話なんだけどね」
「それじゃあまず一つ目、戦う事についてから。一体アタシ達吸血騎遣い、というより軍は何と戦っているのか?まあこれは流石に知ってるか」
「はい!えーっと、け、け……」
「結晶獣、ですね」
「はいシラハ正解。というかこれぐらいは流石に授業でやったでしょうに……」
呆れつつも、少佐がモニターに画像を数枚表示させた。血のように紅い、六角柱に似た幾何学的な体の表面には幾つものスリットの入った外見。地上数メートルの高さを浮遊し、光であらゆる物体を焼き切る。
昔、先生が話してくれたのと同じだった。
「結晶獣、種類によってサイズが違うけども基本的には3~5mって所だ。元々は東の大国がかつて、焦熱戦における決選兵器として開発していたものらしいんだけどね。それが暴走して今では世界中に流出して無差別に人間を襲っている。まあ普通学校で教わるのはこんな所?」
「あのー、焦熱戦ってなんですか?」
「お前ホントに授業聞いてなかったんだな……アタシも人の事言えないけど、流石に一般常識の範疇じゃないの?まあいいか、ざっくり言うと昔世界規模でやってた大戦争があって、人類同士でたくさん殺し合いをしましたよって事。詳しくは後でPDF見て自分で確認して」
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「さて、学校の授業で教わる範囲としてはこんなモンだと思うけど。実際には結晶獣っていうのは何種類かの種類に分類される。今見せている画像は頭脳型っていう種類で、主な攻撃手段はこのスリットの間から発射される光撃というもの。これは連射が利かないけど弾速が速い、というより発射されてから避けるのはまず不可能っていう攻撃でね。直撃すれば吸血騎の装甲なんて簡単にぶった切っちゃうって代物で、直接戦闘以外にも建物を破壊して通り道を作るのに使っていたという報告も上がっている」
「そんな強力な攻撃をしてくる敵、倒せるんですか?」
「シラハ、良い質問だよ」
少佐が上に立てた親指を私に向けた。
「方法はいくつかあるけど、一番簡単なのは光撃を撃つ前にこちらから攻撃して倒すって方法。さっきも言った通りこれは連射が利かないし、撃つ5秒ぐらい前に予備動作としてこのスリットの部分が紅く光るから、見れば一発でわかる。その間に撃てるだけ撃って……」
立てた親指を、下に向ける。物騒極まりないポーズ。
「破壊する。まあこれが出来れば最高だけど、もしダメでもある程度は照準をズラしたり発射を遅らせるぐらいの事は出来るからね、まあとりあえず、これを見たらとにかく打撃を集中させる事がセオリー。あとはそうだな、これは原因は未だによくわかっていないんだけど「結晶獣は絶対に光撃を人間に撃ってこない」っていうのがある。」
「撃ってこない?吸血騎の装甲ブチ抜けるような攻撃なのにっすか?」
「ああ、人間に対して光撃を使用したという報告は何故か今まで一件も無い。さっき言った、攻撃して照準を無理矢理ズラしたような時も含めてだ。不思議なことに、コフィンへ撃ってくることもない。吸血騎の手足や頭部は遠慮なく吹っ飛ばしにくるけどね」
コフィンの中も含めて人間に撃ってこない?そこで一つ疑問が生じた。
「という事は、コフィンの中に人間が入ってるのが結晶獣には見えているという事ですか?」
「んー、その辺もよく分かっていないことが多いんだけどね。どうにも見えている、と言うよりは聞こえている、と言うのが正しいんじゃないかと言うのが意見としては主流らしい。例えば人間で言うと、五感の内の8割前後が視覚なんて話があるんだけどね。結晶獣の場合にはそもそも目も耳も無いからどうやって外界の様子を探っているのかがわからない。現状では聴覚、あるいは嗅覚が発達しているのではないかと言われているけどね。コフィンの中にいる人間の心臓の鼓動を聴き取っている、なんて話もあるくらいだ。さて次行こうか」
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今度は二種類の画像が表示される。色は頭脳型と同じ血のような紅、一つは鋭く先端の尖った楔型。一つ一つは小さいが、頭脳型の周囲を守るように大量に浮遊していた。もう一つは細長い、片刃のナイフのような形だった。こちらは頭脳型の周囲に6本が浮かんでいる。大きさは頭脳型より少し小さいくらいだろうか。
「ちっこいのが弾丸型、大きいほうが刀刃型。まず弾丸型のほうだけど、これの対処はそれほど難しくない。基本的には頭脳型の周囲をこの画像みたいに浮遊して停滞しているんだけど、敵を見つけるとそのまま突撃してくる。その突撃が当たればそのまま突き刺さり、外れたら戻ってくるという単純な動きしかしてこない。動く軌道さえ分かっていれば対処もしようがあるって事ね。仮に当たっても吸血騎の装甲は簡単には貫通しない。同じところに何発も撃ち込まれれば別としても、そうそう脅威にはならない。が……」
「吸血騎以外、人間には……」
「その通りだ、そういう柔らかい目標に対しては速度と数が十分脅威になる。護衛任務なんかだとこれが厄介でね、そういう場合は優先的に叩きたい所だ。と言っても目標の一つ一つが小さいから、散弾で追い払うようにするのがセオリーかな」
「それじゃあ次は刀刃型、これも頭脳型の周囲を停滞していて、目標を見つけると突撃して突き刺さろうとしたり、あるいはそのまま斬りかかってきたりする。見ればわかる通り弾丸型よりもデカいからその分攻撃力も段違いだ、吸血騎相手でも十分脅威になる」
「こいつを相手にするとしたら、やっぱり距離を取るのが正解っすか?」
「その通り、突撃か斬撃かしか出来ない上に弾丸型よりも射程距離は短い。そもそも近寄らないのが一番かな。とは言っても、どうしたって近寄らなきゃいけないときっていうのはある。そういう時は、コイツを使う」
少佐がまた画像を出す。今度は結晶獣ではなく、少佐たちの乗る第二世代吸血騎・燕柳だった。手には大振りな包丁のようなものが握られている。料理に使う包丁と違う所は、先端が包丁とは明らかに異なる鋭さであること、握り手の部分を覆うように刃の部分が伸びていることだ。
「ディフェンスブレード、コイツを使う。刀刃型が斬りかかってきたら、これで受けて防ぐってわけだ。とは言っても、いつまでも鍔競り合いしているわけにも行かない。一瞬触れ合うくらいならともかく、あんまり長く力比べをしてるとこっちの関節が負けちゃうんだよ。なんで、どちらかと言うと防ぐというよりも、いなす、払うっていう使い方をするのが正しいかな。あくまで防御用の装備であって、積極的に近接戦闘を仕掛けに行くようなモンじゃあない。んだけどね……」
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少佐が次の画像を出した。何かの図面のようだ。
「それはあくまで第二世代までの話。第三世代吸血騎からは関節の材質と機構の全面的な見直しが入って、近接戦闘を最初から想定した設計になっている。実戦でこれがどのように効いてくるかはまだ未知数だけど、そこはアンタ達二人の考える所、ってわけ」
「さて、さっき話した二種類、実はこれを倒す方法はそんなに難しくない。それには、制御している頭脳型を破壊する。これが一番手っ取り早い方法だ。この二種類に限った話じゃないけど、結晶獣ってのは頭脳型とそれ以外に分かれている。頭脳型がそれ以外を制御しているんだね。脳味噌を破壊すれば、手足は無力化できるってわけ」
「という事は、とにかく頭脳型を破壊さえすればいいと?」
「そういう事。ま、それが一番大変なんだけどね」
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「さて、まあ他にも種類はいくつかあるんだけど基本的に見るのはこの3種類だ。これを踏まえて、二人に何をしてもらうかを改めて説明する。大きく分けてたった2つだ。」
指を2本立て、少佐がこちらに向ける。
「まず1つは、結晶獣の撃退。これは簡単だ。見つけて、ぶちのめしてやればいい。力で解決するからシンプルな話だね。任務内容によっては護衛や調査という事もあるけど、基本的には目の前の敵を倒すことだ。2つ目は、芒月を完成させる事。これは……」
「あの、ちょっと待ってください!」
何か聞き捨てならないことを言われたような気がする。完成させる?それではまるで……
「芒月が未完成の兵器じゃないか?って事?もっともな質問だ。結論から言うと、その通り。芒月は未完成の兵器だ。そして二人には、そのテストパイロットをしてもらう事になる。」
「未完成の兵器で戦えって、そんな無茶苦茶な……」
「ま、文句の一つも言いたくなるのはわかる。だけどね、これはアンタ達二人にしか出来ない事なんだよ」
「鳳凰計画って言ってね、第3世代機のデータを基に技術を確立、それを使って本格的な第3世代機の量産を行う。同時に、その技術を使って第2世代機を2.5世代機に強化するっていう計画だ。二人にはこの計画のテストパイロットをしてもらう。いきなり吸血騎に乗って戦えと言われて戸惑う気持ちもわかるけど、二人にはそれをやれる力がある。だから頼む、付いてきて欲しい」
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どうやら、私の意志とは関係なく、大変な計画に巻き込まれてしまったらしい。
次回、チャプター2-4 パースエーシブ・パワー
ご期待ください。
MaEm
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