「先手必勝!」
少佐が開始の合図を出すのとほぼ同時に、レウンの芒月がまっすぐに飛び込む。左腕にはディフェンスブレードを装着。私から見ても、鋭い踏み込みだ。
「うん、踏み込み自体は悪くない。でも、直線的すぎて軌道が丸わかり」
レウンの突撃とは対称的に、のんびりとした声で少佐もディフェンスブレードを二本、逆手で引き抜く。右手のブレードは握ったまま、左手のブレードは空中に捨てるように放り投げる。
GYSAAAAA!!!
突撃を右のブレードで受け、滑らせるようにして横に弾く。放り投げたブレードを、左脚のウェポンラックでキャッチしーー
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「と、こういう風に相手の力を逆に利用してあっさり転ばせられると」
キャッチしたブレードでレウンの芒月の脚を払う。推力方向を狂わされた芒月は、頭から地面に突っ込んだ。
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「……痛ってぇ、反撃するなんて酷いじゃないっすか。そもそも、少しでもタッチ出来たら勝ちって話でしたよね。ならこれは俺の勝ちって事ですか?」
「いやダメ。ルール説明したでしょ、アタシの『燕柳に』タッチ出来たら勝ち。今触ったのは本体じゃなくてブレードのほう」
「いや、それは何というかズルいんじゃないですか?」
「文句があるなら胴体とか、言い訳の効かないような場所にタッチしてみなさいよ。さ、次はシラハの番」
少佐に促されて、私もブレードを構える。どう攻めようか考えて、そこで疑問が一つ思い浮かんだ。
「ところで少佐、さっき脚でブレードを受け止めてましたよね。あれってどうやってるんですか?そんなに複雑な動きが芒月で出来るとは思えないんですけれども」
「あぁ、それについてはーー」
『シルバーグラス4、それは私が説明するよ』
「マナさん?」
管制からマナが声をかけてくる。現場の吸血騎遣いではなく整備担当の彼女から説明があるとはどういう事だろうか?
『今少佐がやったのは、モーションパターン制御って言うんだけれどね。シラハの言う通り、吸血騎でああいう連続攻撃をよどみなく行うというのは難しい。というより、マニュアル操作だとまず無理だと思う』
「確かに、私たちが今までやってきたのは単純な突きや蹴りだけですから。ああいう連続攻撃は操作が追い付きませんね」
『そこでね、さっき少佐のやった迎撃。どうやって動いていたか言葉で説明できる?』
「まず両手でディフェンスブレードを抜いて、そのうちの一本を右手に、もう一本を投げて左脚に装備しました」
『その次は?』
「右手でレウン君の突撃を払って、左脚のブレードで足払いを」
口に出しながら、先程の少佐の動きを思い出す。私だったらどう対応するだろうか?最初の突撃をブレードで受け止めるところまでは出来るだろうが、どのような操作をすればあそこから芒月で足払いができるのか想像もつかない。
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『この複雑な近接戦闘機動を補助しているのが、モーションパターンってわけ。順を追って説明するよ。まず、両手でブレードを引き抜き、左脚で装備する。このブレードを投げて装備するという動作は、実は私が組んだんだけどね』
「投げて装備なんて、上手くいくんですか?うっかり取りこぼしたりとかって事は?」
『基本的には大丈夫。平地なら何度も検証して成功率100%だし、激しく動く戦闘機動中でも姿勢制御システム側とのデータをやり取りして補正を掛けてある。敵の攻撃を受けながら、ってなるとまた話は変わってくるけどね』
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『ブレードを装備するモーションパターンが処理終了したら、次は迎撃。この時少佐は、燕柳にいくつか入っているパターンの中から正面の相手を迎撃するために払いのける動作を選択したと。ここまでは今の芒月でもできるでしょ?』
「はい、でもその次はどうなるんですか?芒月で出せるのは正面への蹴りだけですけど」
『モーションパターン制御は、一度始動させると次の動作候補が自動的に操縦桿のほうに自動的にアサインされるようになっているんだ。今回の場合は足払い、左手の打撃でカウンター、正面への蹴り、この3つがアサインされている。吸血騎遣いはこのアサインされたパターンの中からその場に最も適した動作を選択して、最も適したタイミングで作動させる。というわけ』
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「さっき俺は足払い喰らいましたけど、例えばあのタイミングでジャンプして足払いを躱していたとしたらどうなるんですか?」
『その時はまた次の候補がアサインされるよ。具体的に言うと、右の突き、逆回転しての回し蹴り、左脚での踵落とし、この3つが登録されている』
わかったようなわからないような。あらかじめ動作のパターンを幾つか組み込んでおき、それしか出せないという事だろうか?
『まあ汎用性、って面では劣るのは確かなんだけどね。本当なら狙った所に狙った攻撃を思い通りに出せれば理想的なんだけど。これなら次の動作の選択肢が減らせる分、吸血騎遣いの制御の負担が減らせるってわけなんだ』
「モーションパターンで対応できないような動きを相手がしてきたときは?必ずしもこっちが想定していた通りの動きをするとは限らないっすよね」
『その心配も実は実戦レベルではあんまり問題にならなかったりするんだけどね』
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『理由は2つある。まず1つ目、これは特定の動作をした後に次に取れる動作というのは限られているという事』
「特定の……?」
『例えばさっきの右のブレードでの防御、あれの次に即座に右手で攻撃って出来る?』
「いや、それは無理じゃないですか?防御で右手塞がってますし」
『そう、右手で受けたらその次は右手を使う動作は出来ない。さらに、右脚での蹴りも出す必要は薄い。自分の左側に払いのけたんだから、次の攻撃をするとしたら左手か左脚に限定される』
『次に動作破棄。これは、いくつか選択される候補の中から『何もしない』という動作をするって事ね。右手のブレードで弾いた相手に追撃をしようとしたら、もう一体別の敵がやってきた。そういう時は?』
「逃げる?」
『そう。複数の敵に対処するモーションパターンもない事はないんだけど、2対1というのは基本的に不利だからね。ならさっさと逃げちゃうのがいい。そういう時はアサインされたモーションを全部キャンセルしちゃって、一度下がって仕切りなおすってわけ』
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複雑な動作をあらかじめ組み込んでおいて、状況に応じて最適なパターンを繰り出す。なるほど、考えてみたら人型兵器を動かすには悪くない方法かもしれない。
「じゃあ、芒月にはどういうパターンが入ってるんですか?」
『入ってないよ』
第2世代機であれだけ複雑な動きを簡単に出せるなら、第3世代機ではより強力なパターンが入っているのだろうと思った私と裏腹に、マナ曹長の返答はあっけない物だった。
「入ってないって、俺たちはあの動きは出来ないって事ですか?」
『正確に言うと、これから作るの。芒月は第2世代機とは手足のサイズとか重心バランスとか、何もかも違うからね。今からの運用データと、君たち第3世代機の吸血騎遣いの意見を吸い上げて、私がプログラムを書いて調律するってわけ。だから君たちテストパイロットは、とにかく機体を動かしてデータを蓄積してもらいたいの。わかった?』
「さて、説明はそんなもんでいいでしょ?そろそろアタシも飽きてきたし。次はシラハ、かかっておいで」
痺れを切らした少佐が、私を挑発するように手を手前にヒラヒラと振る。どういう意図で組まれたパターンなのかはわからないが、この挑発もきっと何かしらのモーションパターンなのだろう。そこまでされたら、是非とも一発入れて勝ってみたいと思うのが人情だ。
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改めて正面に構えを取り、どう攻めるかを考えてみる。さっきは正面から突っ込んで簡単に防がれていた。とすると、前にやった通りにしゃがんで下から攻めるのがいいだろうか?
いや、それもおそらく読まれているだろう。しゃがんだ状態でも足払いを喰らうのがオチだ。ならどうするかーー
「ならまずは、正面から!」
「さっき見たでしょうに、正面からならいくらでも……っと!」
少佐がブレードを構えて防ごうとするのは予測済み。それを踏まえて、全力突撃から一瞬ブレーキを掛ける。噴射方向を連続変更してタイミングをずらす。全身をシートに押し付けられるような感覚。急激な加減速で、一瞬だけ視界が赤くなる。思っていたよりもキツいが、これくらいしなければ勝てそうにない!
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ブレードの防御タイミングを一瞬ずらしたところに、わずかにだが隙が生まれた。空いた右側に一気に芒月を加速させ、連続打撃を繰り出す!
GYANGYANGYANG!
少佐は驚いたものの、即座に反応してきた。しかし、先程の曹長の話を信じるなら、単純な動きしかできない芒月で勝つにはこの一瞬しか勝機はない。同方向からの連続攻撃に弱いモーションパターンをキャンセルされる前に、一気に仕掛ける!
DANG!
燕柳が後方に跳躍する。
「なっ、逃げるんですか!?」
「だから最初に言ったじゃないの、フィールドはこの演習場全域、やる事は鬼ごっこだって。2対1で良いんだから、頑張って追いついてきてみなさい。じゃあねぇ!」
手を振りながら、ビルの上に飛び乗って逃げだした燕柳。どうやら私たちは完全に舐められているようだった。
「ま、あそこまでやられたら是が非でも取っ捕まえて参った!って言わせたいよな。追いかけようぜ」
「わかりました、とにかく二人で追い込みましょう!」
次回、チャプター2-9 F=mrω^2
ご期待ください
MaEm
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