チャプター2-6 ブラッド・タイプ

チャプター2
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//前回 チャプター2-5 ムエタイ

「二人とも、最後の方はずいぶんよく動けていたと思うよ。お疲れ様」

近接戦闘演習を午前中にみっちりと行い、その後昼食。私もレウンもとにかく様々な機動を考え、実行に移し、機体を振り回していた。当然、疲労するし空腹にもなる。何かお腹に入れないと全く動けない、といった状態だった。

「それじゃあ今日は俺が講習やるからよろしく。昨日は確か、結晶獣の話を聞いたんでしょ?敵を知り己を知れば百戦危うからず、っていうのはまあ少佐の受け売りなんだけども。敵の話をしたから今日は味方の話、吸血騎の話をしようか。疲れてるとは思うけど、少し付き合ってくれ」

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「さてと、何から話そうかな。まあとりあえず吸血騎の根幹、感応装甲の話から行こうか。芒月の脛の裏側に、スリットがいくつもあるだろ?あれが感応装甲だ」
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MaEmの描写力不足申し訳ない、ターンエーの脚部の裏側を想像してくれい。実は今イラストは用意しているんだ

サシバ少尉が画像を示す、近いので一瞬分かりにくかったが、どうやら芒月の脚部のようだった。

「内側の感応装甲を外側の紅い通常装甲で覆っている、という構造になっているんだけどね。さて、この感応装甲なんだけれど、装甲と言っても機械的強度は正直言ってほとんどない。硬度そのものはもちろん、耐衝撃性、引張・圧縮強さ、いずれにしてももっと強度に優れた素材というのはいくらでもある。敵と直接接触する通常装甲の場合、何が必要だと思う?」
「ぶつかっても砕けない、穴が開きにくい、そんなところでしょうか?」
「正解、後は軽量で動かしやすいなんて条件もあるかな。軽さでいえば感応装甲も悪くないんだけれどね。それじゃあ、何でそんな装甲に適さない素材を使っているのかという話。これはちょっと歴史の授業みたいになるんだけれどね」
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単純に硬ければ装甲として高性能というわけではないのは少し考えればわかると思いますが、金属の中では比較的柔らかい鉄の板で周り覆われた戦車と、いくら硬くてもガラスでできた装甲の戦車、どっちに乗りたいですか?また、吸血騎相手の場合には貫通への耐性以外に刀刃型による切断への耐性だったりも考慮しなくてはならないと追記しておく。物資に乏しい世界なので入手性・メンテナンス性も考えたい所か

写真が切り替わり、今度は男が一人映し出された。が、そこに違和感。彼には、左脚が無かった。本来脚のあるべき部分には、普通の脚よりも一回り程太い機械が取り付けられていて、酷くアンバランスな印象を与えた。

「元々、感応装甲技術は人工筋肉の研究の一環で開発されたものらしいんだけどね。この写真がその試作機ってわけ。当時の人工筋肉というと、電圧を掛けることで収縮して筋肉と同等の動きをするっていうのがメインだった。電圧は装着者の生態電流を読み取って制御ってわけ。理科の時間に解剖とかやらなかった?」
「神経をつつくとカエルの手足が動くってやつですか?」
「その通り、でも感応装甲は同じ人工筋肉でも神経の他にもう一つ別の要素が加わっていた。それが血流だ。例えば、人間が速く走ろうと思ったら脚の筋肉に、重い物を持ち上げようとしたら腕の筋肉に血流が回るだろ?血流を介することによって、より高出力でなおかつ反応性の良い人工筋肉を作ろうとした。これが感応装甲の元となる、血流感応金属繊維という新素材だった。でもこのタイプの義肢は普及はしなかった。なぜか?」
「使いこなせる人が少なかったとかですか?具体的には0.2%とか」
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電圧が掛かると収縮する金属というのは実在しており、人工筋肉の材料として研究が進められています。人体に使うとしたら制御はやっぱり生態電流読み取ってアンプで増幅するのが一番なんじゃないでしょうか。感応装甲の場合は、そこにさらに血流量を読み取り血圧で動作補助を行うと思ってください。/expand]

「飯の間の与太話のつもりだったけどよく聞いてたね、素晴らしい」と、そう言って少尉がグラフを示した。

「先天的な物だったり、あるいは事故や戦闘での負傷などの様々な理由で義肢を装着したら、普通は慣れるまではリハビリが必要だ。人間にいきなり羽が生えても空が飛べないのと同じでね。リハビリにかかる期間は装着者の義肢の操作センスによる部分も大きいけど、通常の四肢と同等に動かせるようになるには約半年というのがセオリーとされている。
//普通の義手義足の場合。指や関節が自由に動かせるようなタイプだと実際もう少しかかるんじゃないかと思いますが、現状データが少なすぎてわからなかったのでとりあえず半年としました。

さっき見せた写真の男、彼は実は最初に感応装甲の技術を提唱した人間でね。自分が先天的に脚が不自由な人間だったからって、自分の技術を自分で試してしまった変わり者さ。彼の場合は成功して、装着から二週間もする頃には普通の人間と同じくらいに歩き回っていたらしい。

自分という成功例があるなら、では他の人間でも試してみようとモニターを募ってみたのだけれど、どういうわけか半年たっても使いこなせるようになったのは100人集めた中の1人だけだったという」

「これが、感応装甲式の義肢が普及しなかった理由なんですね」

「まあ理由の一つだね。もう一つの理由は、血流感応金繊維の肥大化、高出力化だ」
「高出力化、ですか?そんなに問題があるようには思えませんけれど……」
「まあそうも言ってられない事情があってな、じゃあ試しに考えてみてくれ。肘より先、腕だけ義肢化して1トン持ち上げられるだけの出力があったとしよう。この状態で実際に1トン持ち上げたら、どうなると思う?」
「……」
「……いえ、わかりません」
「降参かな?正解は、腕が千切れる、だ」
「えぇ、そんな無茶苦茶な話あります?」
「義肢そのもののスペックは1トン持ち上げられるだけのものがある。だが、義肢が付いている生身の人間の部分はどうか?人間はいくら筋肉を鍛えたところで、そもそも骨の方が1トン持ち上げられるだけの強度を持っていない。その状態で機械の力で1トン持ち上げたところで、生身の部分との接合部が耐えられずに千切れちゃうってわけだ」
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この作品で既に何回か出ているけど、攻殻の漫画版で出てきた説明にインスパイアされています。そうでなくても、接合部というのは力が集中しやすく動く頻度も多いので故障率が高いです。芒月はなるべく指などの可動部位を少なくしています。
感応装甲の場合は、人間の腕の太さだと引張強さが足りなくてそもそも1トンも持てないんじゃないかな

言われてみればそうかもしれない。一部分だけ機械に置き換えても、前進のバランスがとれていなければ性能を発揮できないということだろう。

「なるほど、肥大化というのはどういうことですか?」
「ふむ、こいつは少し説明が難しいんだが。人間が筋肉をトレーニングするとしたら、どうする?」
「腕立て伏せとか、腹筋をしますね」
「その通りだ。ただし、別にトレーニングという形をとる必要はかならずしもない。日常的に仕事で階段を上り下りしていたり、重い物を持ち運ぶようなことをしていれば自然と筋肉は鍛えられていく。そして、奇妙な話ではあるんだが、血流感応金属でも同じ現象が見られたんだ。つまりーー」
「日常生活レベルでも、使い込めば使い込むほど大きく膨れ上がり出力が増していく、と?」
「しかも無制限に、通常の筋肉の成長速度を大幅に上回る速度で、だ」

なるほど、先程の画像を見た時に感じたアンバランスさに納得がいった。それにしても人間の血を吸って肥大化し、出力が無制限に上がっていく。不思議な性質だ。これではまるで、金属というより植物や動物と言った方が近いだろう。

「そのまま放っておくと、太すぎて歩くための義肢なのに歩行を阻害するってんで外側を削り取る切除処置を取ったんだそうだ。しかしここで問題が二つ。一つは、切除しても出力が変わらなかったということ。正確に言うと、肥大化する前の同じ太さの時と比較して、明らかに出力が上がっていたということだ」
「元のサイズになるように加工しても、出力を下げることが出来なかったと。ということは、いずれは……」
「お察しの通りだ。上がり続ける出力に本体側が耐えられなくて、最終的に根元から接合部が引き千切れてしまったらしい。まるで育ちすぎた木が、根元から腐り落ちるようにな」
「ますます植物みたいですね。二つ目は何ですか?」

「まあもう半分正解出ているようなもんだけどな。片足だけ出力が上がりすぎて、歩くこともママらなくなっていたらしい。こっちは、なんと自分でもう一本の脚を切り落として、感応金属製の義足に両方しちまったって話だ」

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「さて、研究を進めていくにつれて血流感応金属に関してもう一つ面白い性質が発見された。それが『運動エネルギーの発生』だ」
「運動エネルギー、ですか」
「あぁ、例えば発電所なんかは地熱エネルギーを取り出すための装置だが、これは簡単に言うとまず熱エネルギーでお湯を沸かして蒸気を作り、そのエネルギーでタービンを回して電気エネルギーに変換するという工程を踏んでいる。この際、エネルギーを変換する時にかなり無駄が生じているんだ。しかし、血流感応金属に関してはそうじゃあない。熱エネルギーをダイレクトに運動エネルギーに変換することができる。例えば、体温とかね」
「また突飛な話ですね、じゃあ私たちがさっき芒月で飛んだり跳ねたりしていたのも」
「ヒートコンデンサーの熱量を運動エネルギーに変換していた、というわけだな。そもそもの変換効率が異常に高いうえに、感応装甲を使い込んでいく毎に更に強化されていく。吸血騎というのは乗れば乗るほど、強くなっていく兵器なんだ。そしてさらに、この感応装甲の運動エネルギー発生に関しては機動だけでなく攻撃にも使える。弾丸を感応装甲で発生させた運動エネルギーで飛ばしたりな。というより、吸血騎に導入されたのはこっちが最初なんだけどね。」
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本作の設定の根幹をなす、SFなのにエネルギー保存則をガン無視したビックリドッキリメカ。ついでにいうとエントロピーも凌駕しちゃっています。魔法少女かお前は。こういうトンデモ設定を一つ作っておいて、そういうものが普通に存在している世界で人間はどうそれを使っていくか?そういう所に浪漫ってあるのだと思うのですよ。使い込んでいく毎に強化されていくというのも、少年漫画的でベタだけど熱いよね。吸血騎遣いと共に成長していく機体

「さてと、長々話してきたけれども感応装甲は義肢の駆動素材としてはあまり適してはいなかった。装着部分の接合強度が足りず、無制限に出力が上がってしまい、さらには装着者の体温を勝手に運動エネルギーに変換してしまうと。こんな素材ではあるけれど、役に立つ場面が存在していた。それがそう、兵器転用だ」
「あっ、そうか。接合部の骨の強度が足りないのなら、人体じゃなくて機械に付けてしまえばいいという事ですか」
「そういう事。出力向上も兵器用だったら大歓迎だし、機械には体温も存在しない。その代わりのヒートコンデンサーってわけ。必要以上に出力が上がっちゃったらヒートコンデンサー側で入力エネルギー量を制御してやれば良いと。もちろん適合率の低さは問題なんだけれど、それでも圧倒的な機動力と火力を発揮できる感応装甲は兵器用としてはうってつけだった、そういう話さ」
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上の攻殻での、部分義体と全身義体の違いという話の続き。全身義体は応力集中を気にする必要が無いので人間には無茶なハイジャンプや高出力が出せるという設定でした。吸血騎の場合は、人型兵器という一回り大きな全身義体の中に生身の吸血騎遣いが乗り込んでいると思ってください。こうすれば応力の縛りにとらわれずに生身の人間を乗せることができる。感応装甲が体温を勝手に食ってしまうという事は、最初にこれを発明した彼はおそらく常人の数倍の消費カロリーだったと思われます。肥大した筋肉というのは、使わなくても存在しているだけでカロリーを消費する

「わかりました、ところで二つ質問良いでしょうか?」
「どうぞ、シラハ二訓」
「まず一つは、感応装甲の適合条件って一体なんなんですか?私、実は戦闘職種の希望出していなかったのにここに配属されてて。この先本当にやっていけるのか心配なんですよ。何で私なんかが選ばれちゃったのかなって思いまして」
「適合条件に関しては、いまだにわかっていない事のほうが実は多いんだ。血液と遺伝子検査の結果で判定されるって話だけれども、実は俺も詳しい事はよく知らない。戦闘職種が不安な気持ちはわかるけど、まあそう配属されちゃったモンは仕方ないと割り切った方が良いと思うよ。こんなご時世だからさ、やってみると案外悪くないよ?後ろで固まっているよりも自分で戦って自分の身を守れるっていうのもさ」
「そういうものなんでしょうかね……」
「後は少しゲスい話だけどね。吸血騎に乗ってると手当てが結構ウマくてさ。訓位の間はそんなに変わらなかったけど、今の俺の給料、大体同期の三倍くらい」
「フフフ、それならちょっといいかもしれませんね。二つ目の質問良いですか?」
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吸血騎遣いの給料が良いのは、危険手当などの他に、裏切られたら人類への損失が大きすぎるから。戦闘機パイロットの給料が高いのと同じです。最新鋭の軍事機密持って亡命でもされたらたまったもんじゃない。人類を守るという使命を持った中学生に対して、碇指令は内心どう思っているかはさておきもう少し優しく接してあげるべきだったと思うんだ

「ハイなんでしょ?」
「さっきからそこで気持ちよさそうに寝ているレウン二訓、起こした方が良いでしょうか?」
「午前中にあれだけ頑張ってたからまあ疲れるのはわかるんだけどね、こりゃあ後で補習かな」

次回、チャプター2-7 ニードル・アンド・スレード
ご期待ください

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MaEm

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