//前回 チャプター2-9 F=mrω^2
「んで少佐、何で俺たち芒月で穴掘りしてるんですか?」
「昔からね、兵士の仕事の半分は穴掘りなのよ。文句言わないの」
「だからって、何も吸血騎でやる事じゃないでしょ!!!」
レウンの文句が、地下9,000mに反響しながら岩盤に吸い込まれて行った。
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私が軍に入隊してから一週間が経った。
少佐との「鬼ごっこ」に勝利した私たちは、いよいよ明後日から実戦任務に配属されることとなった。内容はまだ詳しく聞いていないが、どうやら他の部隊との共同作戦で物資の探索・回収任務となるらしい。
ちなみに、本来は明日から任務の予定だったらしいが、芒月および燕柳のメンテナンスのため一日繰り下がったそうだ。ワイヤーで振り回した分の負荷が予想以上に大きかったらしく、フレーム系のオーバーホールが必要になったという。あれ以外に少佐に勝つ方法は私には思いつかなかったが、整備班には申し訳ない事をした。
「実戦データが取れたんだから問題ないよ。これを基にしてもっと頑丈な機体にするんだから、そんなに気にすること無いって」とサシバ少尉には言われたが、もっと他に良い手が無かったかとはどうしても考えてしまう。
戦うのは怖い。なら、怖くないようにすればいい。全く被害を受けずに、完璧に敵を倒す。これができれば、きっと怖くない。元々割と負けず嫌いな性質ではある。次はもっと完璧にこなし、恐怖を感じる前に勝つ。整備のために装甲が剥がされていく芒月の前で、そう決意を新たにした。
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「それじゃ、今日から仕事してもらうよ。説明は移動しながらするから、まずは乗ってちょうだい」
いつものように朝の体操と第一層の上り下り。肉体的にも精神的にも慣れてきて、より効率的なルートを見つけるのも早くなってきた。少佐には「慣れてきたころが一番怪我しやすいんだから気を付けなさいよ」と釘を刺されてはいたが。実際、精神的に慣れたといってもやはり高所に対して人間は本能的に恐怖を感じるものだ。その辺りの感覚を見誤ったレウンが今朝足を踏み外して、ビルとビルの間で宙吊りになったことは割愛しよう。
朝の運動の後に美味しい朝食をとり(今日のメインは味のよくしみ込んだ煮物だった)、用意されたトラックに乗り込む。今日はトラックに積み込まれていた吸血騎は芒月2騎だけ。それにヒートコンデンサーと何かの支援機材と思われるコンテナが乗っていた。
「少佐は今日は乗らないんですか?」
「ああ、一応今回は実戦任務って事になってるけど芒月の評価試験も兼ねてるからね。今日やってもらう仕事は芒月じゃなくちゃ出来ない事なんだよ」
そう言いながら、トラックの運転席に座る少佐。ちなみにサシバ少尉は燕柳のフレーム修理作業が終わらないので、今日はそちらに行くらしい。
「ちょっと待った少佐!やります!私が運転やりますから!」
「えー、大型トラックだよ。運転できるの?それに道わかんないでしょ」
「じゃあ助手席で案内してください!怖いですから!」
「大型なんだからそんなに飛ばさないって、だいじょーぶだいじょーぶ」
前回の少佐の運転を考えると、乗ってたらいくつ命があっても足りない事は目に見えている。しかも今回は大型だ。いくら飛ばさないといっても、そもそもの制動能力が違いすぎる。何とか宥めすかしてキーを受け取り、私が運転することにした。
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「良かったー、このサイズであんな運転されたら仕事する前に死んじゃうところだったよ。ありがとな」
「いえ、私もまだ死にたくはないですから。一応大型の運転経験もありますからね」
「助かるよ、帰りは俺が運転するからさ」
少佐に聞かれないように小声でレウンと話す。最近、彼の印象を結構改めてた。態度こそあまり良くはないが、意外と気配りもできるし何より度胸がある。私の考えた無茶な作戦にも文句ひとつ言わずに付き合ってくれた。私よりも吸血騎については詳しいらしいし、彼は結構頼りになる。最近そう思うようになった。
「まあ良いか、それじゃ出して頂戴」
「了解です、それで今日はどこまで行けばいいんですか?」
「今日はとりあえず中央シャフト。エレベーターで下に降りるよ」
「芒月持って下に降りるという事は、第四層の軍部区画ですか?」
「いや、それよりも下。第五層」
「第五層って、確か電源施設とかある所っすよね?俺も行った事はないですけど」
ギアを2速に入れて発進させる。助手席で少佐が自分のPDFを操作し、車内に音楽を流した。
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「何ですかこの曲?」
「んー、洞窟探検のテーマ曲。今日やる事にピッタリだからさ」
「あ、俺この曲知ってますよ。確か旧世代のアニメのオープニングで使ってた奴ですよね。昔見たことありますよ」
「あらら、よく知ってるじゃない。さてと、移動しながら説明しようか。今日は2人には他の部隊と共同で任務に当たってもらうよ。場所はさっき言った通り第五層。仕事内容は、地下の拡張工事の支援」
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地下で、それも支援という事は直接的に戦闘するということではないだろう。少し安心した。が、レウンは不満らしい。
「えー、俺はてっきり外に出て戦闘任務なのかと思ってましたよ」
「武器もないのにどうやって戦闘するの?」
「ディフェンスブレードも近接打撃もあるじゃないですか。もう大丈夫っすよ」
「あれは武器じゃなくて防具。武器は今セッティング中だからもう少し待ってなさい」
「わかりましたー、あーあ、俺も早く外に出てみたいなー」
「まあまあ、セッティングももうそんなにかからないってマナが言ってたしきっとすぐだよ。それに、地下も結構面白いよ?あそこには浪漫と未知がたくさん眠ってる。二度と憧れは止まらない、ってね」
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「第八騎兵小隊シルバーグラス3名、および吸血騎2騎。ただいま到着しました」
「おう、よく来てくれたな。後ろのちっこいの2人がそうかい?」
「ええ、そうです。2人とも、こちらは工兵部第23切削班班長のタカヒト中尉。挨拶しなさい」
シラハ少佐が珍しく他人に敬語を使っている。まあタカヒト中尉の方が見た限り20は年上だ。当然といえば当然か。階級も少佐の方が高いが、他の部隊のトップという事で相応の対応をしているのだろう。
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「第八騎兵小隊、レウン二訓です。よろしくお願いします!」
「同じく第八騎兵小隊、シラハ二訓です」
「はいはい、よろしくね。2人ともシラハから話は聞いてるよ。結構スジが良いんだってな。期待してるぜ」
2人で中尉に敬礼。どうやら、私たちは結構有名になってしまったらしい。目立たず、平穏に生きていこうと思っていたのに、人生ままならないものだ。
「じゃあまず2人とも、着替えてきて。今日はいつもの装備じゃなくて、地下用の装備だから。それじゃあコレ」
渡された装備ケースは、いつもより一回り程大きく、重量は二倍ぐらい重い。試しに開けてみると、腕回り脚回り胴体、全てがかなり太いようだった。更に、追加で頭をすべて覆うヘルメットが入っている。
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「そいつには冷却用の循環液と飲料水ボトル、あと拡張用の腕部制御システムが組み込まれてる。それなりに頑丈には作られてるけど、あんまりガシガシぶつけないように」
ケースを引き摺るようにして、なんとかして更衣室に持ち込む。装備してみたが、まるで達磨のような体型になってしまった。手足の重さ分、歩くのも一苦労なくらいだ。
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「それじゃ、今回の新装備について説明しようかね。スレイブグローブ、ってのが正式名称なんだけど吸血騎遣いの間じゃだれもそんな呼び方はしていない」
「じゃあ、なんて呼んでいるんですか?」
「軍手」
先程トラックを駐車したエリアに戻り、芒月のコフィンに潜り込む。冷却用装備のおかげで、ただでさえ狭いコフィン内は更に窮屈だ。重さも相まって、衝撃を与えないようにと言われていた装備を転んでぶつけてしまったが黙っていることにしておこう。
芒月と共に運ばれてきたコンテナを開くと、中には人間の手首より先をそのまま大きくしたようなものが入っていた。指の本数も人間と同じ5本。左右も分かれていて、それが4本。つまり2組入っている。その手首の、人間の腕との切断面に相当する部分にはコネクターがあり、そこで芒月の腕の先端に装備できるようになっているようだった。
「これって武器にはなんないですよね?一体何に使うんすか?」
「ああ、これで殴ったりすると関節壊すからやらないように、ってマナに言われた。さて問題、今の地上は結晶獣が支配しちゃってるわけだけど、昔は人間が支配していたと。その理由は何だと思う?」
「人間は手先が器用だったから、武器を作ってそれを扱えた。そうですね?」
「正解、他にも火を使えたからとか物を遠くに投げられたからとか理由はあるらしいけど、指先の器用さというのは重要なポイントだったといわれている」
改めて目の前の軍手、もといスレイブグローブを見てみる。今の話を考えるに、コレを使って人間の指と同等の器用さを得よう。という話なのだろう。
「その通り。つまりこれは武器じゃなくて、作業用の補助装備って事」
「って事は俺たちが今からやるのって……」
「土木工事のお手伝い。さて、説明終わったことだし働いてきなさい」
少佐がそう言うと、現場への入場口になっている隔壁が開放された。隔壁が二重になっているのを見るに、外界と完全に遮断する必要があるのだろう。芒月を二人で前進させ、内部に機体を潜り込ませる。
「ん?これって下に降りてないか?でっかいエレベーターって事かな?」
「そうですね、それも結構早そうですよ。……結構深くまで降りるんですね」
身体に感じる重力と時間感覚から深さを推測しようとするが、その必要はなかった。よく見たら正面モニターに表示された計器の中に高度計があったからだ。表示はマイナス8500mを示している。そこでようやく、少しずつ減速される気配がした。
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「なあ、何か少し暑くない?」
「言われてみれば確かに……ああ、そういう事ですか」
「え?どういう事?」
「この暑さ、地熱ですよ。学校で習いましたよね?地上から100m潜るごとに、30度温度が上がるって。覚えてませんか?」
「いやー、覚えてないや。その時寝てたかも」
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『さて、2人とも到着した?』
「少佐?どこから話してるんですか?」
『上のさっきいた本部。どう、暑くない?』
「暑いです。冷却装備無かったらもっと暑いんですか?」
『らしいね。アタシは行った事ないからわかんないけど。それじゃあ改めて軍手の使い方のレクチャーしようか。まずは両手とも装備して、操縦桿の第一レバーを押す。すると、芒月側の腕も中の人間と同じ位置に腕を持っていく。やってみ?』
言われた通りに操作してみる。腕が若干引っ張られるような感覚と共に、芒月が腕を前に出した。
『その状態になると、人間の手と同じように動かせる。中の人間が手を握れば、芒月の方も手を握り締めるってワケね。ただし、指は人間と同じ角度だけど腕の動作角は二倍になってるから気を付けるように』
「二倍?どういう事です?」
『つまりだね、腕を45度上げると芒月の方は90度上げるって事。必要以上に動かすと事故の原因になるから気を付けるようにね』
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「さて、説明終わったかい?そんじゃ早速仕事してもらおうかね」
エレベーターの隔壁が開くと、先に降りていたらしいタカヒト中尉が足元に居た。ただでさえ大柄な中尉だが、私たちのものよりさらに二回りほど大きな防護服を着ているのでまるで白いボールのようだった。その後ろには、同じ格好をした人たちが何人も忙しなく動き回って作業をしている。
「まずは何やってもらうかね……よし、そんじゃあまずあそこの掘った岩。あれ全部台車に乗っけてくれ。後でエレベーターで上に持って行って廃棄する奴だ」
「アレですか。ずいぶん沢山ありますね」
「ああ、掘れば掘っただけ廃土出ちまうからな。どんどん出してかなきゃならねえんだ。そんじゃあ任せたぜ、くれぐれも安全作業で頼むぞ」
早速、2人で作業に取り掛かる。なるほど、これは燕柳では無理な作業だろう。そもそもが狭い空間だ。3mの芒月がやっと進める程度の高さの空間で、高さ5mで横幅も大きい燕柳では間違いなく引っかかる。
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「……っと、結構これ難しいですね。気を付けないとどんどん崩れちゃいますよ」
「まあ難しいのは確かなんだけどね。これわざわざ吸血騎使ってやるような事か?そりゃ人手が足りないのかもしれないけどさ。ってか暑い……」
『ハイハイ、文句言ってないで手動かす。まだまだ沢山あるじゃないの』
「良いですよね少佐、そっちは涼しそうで。いくら耐熱装備着てたって、暑いもんは暑いんですって。ってか、そっちでは何やってんですか?」
『エアコン効いた事務所で一昨日の訓練の報告書書いてる。いやー、頼れる新人たちがハデに大暴れしてくれたお陰でデータ一杯。報告書も書きごたえがありそうだなー』
うーん、イヤミったらしい!
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